コマヤド77**

雑な文

My Bloody Valentine(2008年起稿)

 

マイブラ東京公演前日の夜である今,つまりたった今,ホントにふと,昔書いた文章を思い出してタンスの奥から引っ張り出してきた。このブログを続けるかどうかは分からないけれど,長い文章をどこかに置いておきたいと思ったらブログくらいしかないよね。という訳でおおよそ5年前の文章を貼っておきたい。
 
 
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My Bloody Valentine が,今年のフジロックにやって来る。
本当にやって来る。
いやあ,信じられない。
 
   フジロックに本腰を入れて行き始めてから,初めてど真ん中に大好きなバンドが来る事になった。ちょっと僕はどうすればいいのか分からない。一体どんな面持ちで僕は,苗場でマイブラを眺めるのだろうか。自身を上手く想像出来ない。そもそも本当に来るのだろうかね。いやあ,信じられない。期待と不安がリピートする毎日。
 
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   狛江のボロい1Kのアパートに住み始めた頃(もう10年以上も前だ!),My Bloody Valentine が,僕の愛するSONY製ステレオから垂れ流されていたのを思い出す。金のない野郎ばかりが無意味に集まり,味も分からない酒を(今も大して分からない),若さに任せて大量に飲んでは下ネタでケタケタと笑っていた(今も大して変わらない)。誰も聴いちゃいないのに,深夜にあの轟音ノイズがステレオから繰り返し吐き出され,部屋中に広がっていた。その結果として当然,隣に住む女が思いっきり薄壁を殴りつけて来る。僕らは一瞬静まり返って薄壁を眺めた後,またケタケタと笑っている。
  
   「隣の女さ,最近彼氏が変わったんだよ。エッチがすげー短くなったんだよね。前は長くてさあ。うるさくてさあ。羨ましくてさあ。それが今じゃほんの一瞬。一瞬だよ!?ホントに猿並にすぐ終わる。かつ2回目がない。つまり猿以下だよ。よって多分すぐ別れる。うひゃひゃひゃひゃっ」
 
   最低な会話をしながら,僕はステレオのボリュームを下げる。皆は話し声を僅かに小さくする。隣に住む女が水洗トイレの水を流す。その音が僕の部屋にも響く。トイレの扉が開閉された音の後,再度僕たち(薄壁)に向けパンチをごずんっ!とし,気が済んだ彼女は恐らく眠りに着いた。僕らは気にせず(しかしひそひそと)下品な会話を取り留めもなく続ける。声は次第に元に戻るが,ステレオから流れる小さくなったノイズはすっかり忘れ去られていく。それでもステレオはいつまでも歪んだ音を流し続けている。リピート。
 
 
   忘れ去られた音。いつまでも続く取り留めのない会話。笑い声。言い様の無い不安。水洗トイレから水が落ちていく音。現実から目を背ける。不安。笑い声。小さく歪む音。リピート。
 
 
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   気付くと僕らは,限りなくだらしない格好で身体を横に倒し,途切れ途切れに会話をし,その中で一人一人不思議なタイミングで意識を失っていった。睡魔に勝てるほどしっかりしたヤツは一人として存在しなかったし,なにより睡魔に抗う理由もない。いや,そういえば明日は,僕も含めて朝からバイトがあるはずだ。が,本当に行くだろうか。微睡みながらそんな事を思っていると,誰の声もしなくなった。最後に意識を失うヤツが,電気を消す。それが僕らの暗黙のルールだ。その日は僕だった。ステレオから”SOON”が小さな音で流れている。アルバムの最後の曲だ。今では名曲扱いなのだろうか。違うのかも知れない。ポップな前奏にノイズが混じり始める頃,吐息みたいな,やる気のない,しかし美しいとも思える歌声が始まる。始まるが,僕は眠い。ステレオの電源ごと落とし,この日何度目かの”SOON”は強制終了させられる。名曲はブラックアウト。ぱちん。代わりに暗闇や静寂が我が家に訪れる。友人たちの寝息と,グラスに残った酒と煙草の匂いの中で,その辺に適当に転がり,僕も眠る。
 
   次の日,アルバイトには結局行かなかった,と思う。誰も行かなかった,と思う。夕方まで惰眠し,それぞれ勝手にいなくなった気がする。起きて部屋を片づけながら,惰性でステレオの電源を入れる。CDを換えるのはこの世でもっとも面倒な作業の一つだ。そのままボリュームを素早く大きく回し,部屋中に歪んだ音が響き始める。何もしていない自分を呪う。丹念にグラスを洗いながら,何もしていない自分を呪う。そうやって一日が終わる。どこからどこまでが一日なのかも曖昧なままに,一日が終わる。リピート。
 
 
   彼らの殆どはもう東京にはいないし,連絡もしていない。隣の女はそれから5年に渡り隣に住み続けて,ある日居なくなった。
 
 
 
 
 
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   僕は今何故だか沖縄にいる。1Kのマンスリーアパートで,深夜に小さな音で”Loveless”を聴きながら,この文章を書いている。後2曲で""SOON""が始まる。隣に住んでいた女も,皆も,多分どこかで生きている。フジロックマイブラが来る。僕はちょっと信じられない。リピート。取り留めのない不安は,今もやって来ている。それはいつだって隣に居る。5年経ったら,隣の女みたいに居なくなればいいのだけれど,そうも行かない。そういえば隣の女をちゃんと見たことがなかったな。壁際のコミュニケーションと,セックスの喘ぎ声と,深夜の水洗トイレの音(午前4時に必ずだった)だけが,僕にとっての彼女の全記憶だ。そしてそこには,SONY製のステレオから吐き出される音楽が,必ず混ざっていた。高校時代から愛用してきたSONY製のステレオは,引っ越しの際に容赦なく捨ててしまった。けれど,そこから吐き出されていた音たちを,僕は今もずっと聴き続けている。新しい音や人々に出会いながらも,ずっとずっと,聴き続けている。
 
 
 
リピート。
 
 
 
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5年前の雑な文でした。
今と大して何も変わらない。
いや,文中の僕(20年前)から何も変わってない気もするし,何もかも変わってしまった気もする。
 
狛江の1Kアパートの細部まで思い出せる。
グリーンステージに現れた瞬間の,あの苗場の空気を今も思い出せる。
 
明日と明後日,僕はMy Bloody Valentineを観に行ってきます。