Lucky
僕は君を笑わせるためだけに過ごしている。
過言でもなんでもない。それだけが僕の人生の有意義な過ごし方だ。
それを君にシリアスに伝え,そのあとくだらないことを言って笑わせようとする。
君は笑う。でもすぐに口元を手や洋服で隠して,照れくさそうに下を向いてしまう。
君は右の前歯だけが大きくて出っ張ってて,それを凄く恥ずかしがっている。
そのせいで臆病に地味に,下を向いて生きてきたんだって。
僕は君が好きだ。とても好きだ。右の前歯も好きだ。いやもちろん左の前歯だって右に負けないくらい大好きだ。つまり僕は君が好きだ。
君も僕が好きだ。あ,いや,たぶん,きっと。君も僕が好きだと思う。
だからさ。あのさ。ねえ。えっとね。
僕は君の笑顔が見たくって,それだけのために過ごしている。
君は右の前歯の出っ張りを気にする人生を過ごしている。
君がもっと笑えばさ,僕らはもっと幸せになれるのに。
君の前歯も大好きなのに。
だのに君はいつも下を向いて,海の底で一人ぼっちになりたさそうに。
でもさでも,僕は君の前歯も大好きなのに!
「もうその話はしないで。すごく気にしてるの」
いや僕はそうじゃなくてそうじゃないんだ僕はそのつまり愛してるってか好きなんだよ前歯も好きだし奥歯も好きだし歯茎だってより奥のほうの歯茎だって好きなんだよだから。
「うん,分かってるよ。でももう,その話はしないでね」
言葉を失い,しょげ返って肩を落とす僕に,君はとても唐突にこれまで史上最高に近寄ってきたかと思ったら,大好きな君の前歯が僕のくちびるの上のほうに優しくあたった。すごくドキンとしたあと,僕は叱られている子どもみたいに目を閉じた。
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一瞬で終わったそれに,僕は思わず「ラッキー」と。君は返す言葉で「サイテー」と。
でもいつまでもふたりで笑ってたんだ。海の底でふたりっきりで。