コマヤド77**

雑な文

未来は僕らの手の中(2011年起稿)

16歳の彼らにとっては,真夜中がやって来ることは世界を牛耳る事に等しかった。

特に,音もしない真冬の真夜中は,闇は,世界をすっかり静止させているに違いない。いや,実際に皆の呼吸も希望もシステムも,全て静止していると彼らは信じていた。

 

何故なら彼らは透明人間のようなものだ。いてもいなくても本来どうってこともない。彼らは世界のほんのほんの一部でしか無い。ほんのほんのほんのほんのほんの一部だ。彼らはそれを無意識に感じている。知らないうちに,知っている。僕らはほんの一部で,その一部が突然なくなった所でこの世界にはなんの影響もない。

そんな彼らのために真夜中はきっと存在していて,停止した世界に透明人間な存在の彼らだけが,誰よりもイキイキと世界を握りしめる事が出来る。

彼らは少なくともその時,16歳の冬の夜,本当にそう信じていた。

 

 

 

彼らはそんなうんと透明な夜,世界を牛耳る事が出来る一歩手前の真冬の真夜中に,オナニーの方法について熱く討論している。

 

 

 

「僕は左腹を下にして横にならないと無理だね。使用するのは利き腕の右手だ。ちなみにズボンは太ももの途中まで下ろす。下ろしすぎは良くない」

「そりゃ平和ボケした方法だな。オレは立ち膝だ。ズボンは膝まで下ろすが,何があってもすぐにあげられる利点がある」

「何が平和ボケだよボケが。お前の方が母ちゃんや姉ちゃんに見つからないためのチキンポーズじゃん」

「チキンって誰に言ってんだ?あ?やるかこら!オレは藤波よりつええぞ」

「何がドラゴン藤波だ。てめえのちんここそがジュニアヘビーだろうが!チキンポーズでかかって来いコラ!」

 

 

ここでしばしプロレスごっこ

 

 

「はあはあ。。おいコータ。お前は?お前のファイティング・ポーズ」

「僕は。僕は普通だよ……」

 

 

おい。普通って何だよ。言えよ。やれよ。だってさ見てごらん。僕らは今ちんここそ出していないが,まさにその瞬間の格好で,お前のひとりぽっちのファイティング・ポーズをワクワクしながら待っているんだぜ。なんだよなんならちんこくらいなら出してもいい。何の問題もない。僕たちの真夜中に,お前のファイティング・ポーズを決めてみせろ。この4畳しかない僕の下宿で,3人のファイティング・ポーズをもう寝ちまってるだろう,らぶりーなベイベーちゃんたちに捧げようぜ。

 

 

「僕は。僕は好きな子でそんなことはしない」

 

 

彼らはキメキメのポーズを取ったまま,一瞬心の底からブルーになった。そして愛とは何かをコータに投げかける。長い議論の末の3人の結論は「女の子のおっぱいを生でみてみたい」だった。白んで来る窓の向こうではシラけた雪が音もなく降っている。その雪をキラキラと照らす光が見えたと思ったら,下宿のすぐ横を貨物列車が通り過ぎた。銀河鉄道の帰還だ。それは朝が訪れる合図だ。彼らがまた,世界のほんの一部に戻る合図だ。そして決まってこのくらいの時間,不思議なくらいの睡魔が押し寄せる。彼らは世界の首根っこを掴んでグリグリし,しかしギブアップはギリギリさせられず,長い長い名勝負を続けるために眠る。

 

 

誰も喋らなくなった4畳の部屋に,小さなソニー製コンポから小さな音でロックンロールが鳴り続けている。僕は闇に引きづられて落ちていく寸前,大好きなあの娘のおっぱいを想像しながら,両手を空に伸ばし,そこにないおっぱいを揉む仕草を繰り返しながら,その歌詞を薄闇の中で,大人になってしまったはずの見知らぬ大好きな彼女につぶやくように,歌う。

 

 

 

生きている事が大好きで 意味もなく興奮してる

一度に全てを望んで マッハ50で駆け抜ける

くだらない世の中だ ションベンかけてやろう

打ちのめされる前に 僕ら打ちのめしてやろう

 

 

 

朝とも夕方とも取れる空を見上げ,アクビをする。

どんよりとした灰色の,いつもどおりの冬空が,開けた窓から4畳へと広がる。

彼らは「さみいよ。閉めろよ」と寝ぼけまなこで注文を出す。

「おいコータ。お前,どうやってやんの?」ともう一回窓を閉めながら訊ねてみる。

「…僕は普通だ。あおむけ」

ええええ!と二人の仰天した声が空に響く。そして大きな笑い声と,コータの焦る言動の数々。

その声と動きは古びた窓ガラスを叩き割り,灰色の空を青く切り裂き,光の向こう側,遠い遠い未来と過去にまで突き刺さった。

 

結果,はじけ飛んだかもしれない。

 

そこまではよく見えなかったし,わりとどうでもいい。でもこれだけは言える。コータお前変だよ。なんか一番ファイターだったよ。最強だよ。最恐だ。そしてもう一つ,

 

 

未来は僕らの手の中!

 

 

間違いない。僕らは世界の首根っこだっていつでも掴めるんだ。もちろん,今でもね。

 

 

 

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コータは耳を真っ赤にして,はしゃいで飛び回る二人に向かってこういう。

「僕は普通………じゃない…のか……?」

彼らはお腹を抱えて笑い,そのまま仰向けでオナニーする真似を二人同時に行い,コータの耳はより真っ赤になった。

「普通ってなんだよ。三人とも違うんだからわかんねーーーよ!うっ!どp」

 

 

灰色の空に太陽は上りきり,彼らは世界のほんのほんの一部のまま,いつまでも笑い転げていた。