コマヤド77**

雑な文

ながれもの(2010年寄稿)

 

骸骨が,指を差して僕を笑っている。

 

世界のどこかに完璧なタイミングで訪れる事が出来れば,あるいは,まだ見ぬあの人に完璧なタイミングで出会える事が出来れば,ヒトは偶然を100%活かして幸せになれるのよ,なんて君は言う。誰もがそのチャンスを上手く活かせる訳じゃないし,私も既にそうなのかもしれない,と急に悲観したり,いやまだこれからだと思う,と目を光らせたりしている。

まあ君の言ってる事は理解できなくもないし,要するにあれだ。宝くじに当たったら!みたいな話なんじゃないの?と僕は冷めたコーヒーを眺めながら崇めながらつぶやく。君は僕を人類史上最悪なモノを見てしまった顔で,溜息をわざとつき,ケータイに目線を落とし,その話をやめる。


骸骨がずうっと,僕を指さして笑うんだ。


食事を終え外に出ると,雨が降っていた。人だらけの街の中に,僕らもエキストラの一員みたいに紛れる。悪意の塊のようだ,と人混みの傘たちを指差して君は言う。僕らもれっきとしたその悪意の一部だよ,と僕は信号の光のツブツブたちにつぶやきながら,透明傘を開く。君は僕を息絶える寸前の老人をみるような目で眺め,傘から外れ,聞こえるようにトドメとばかりに,大きなわざとらしい舌打ちをする。


骸骨は指差すことを止め,お腹を押さえながら,自身の笑いを留められない事に恐怖すら感じ始めているようだ。


彼女は特段美しくもなく,いつも伏し目がちで,黒やグレーの服ばかり着て,なるべく誰かに認識されないように気を配っているように見える。僕にしか聞こえない程度の音で,自身にいずれ跳ね返る痛みのある言葉を吐き出しては,見知らぬ他人を軽蔑し,自身を軽蔑する。


でも本当はおそらくきっと,彼女は彼女の小さなこの世界が大好きで -例えば- 出来損ないの夜空みたいな綺羅びやかなネオンや,横断歩道できゃっきゃと騒ぐ顔のない若者たちや,無駄としか思えない大型の宣伝カーが走る街を,いつもワクワクした目で追いかけているのを僕は知っている。ただきっと -彼女ふうに言うとすれば- それは完璧なタイミングじゃないだけなんだろう。街に同化すればするほど彼女の目は輝くのに,彼女の中の宛のない苛立ちや憎しみは,泡のごとく無限に増加していく。

 

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明日にも無くなってしまいそうな流行らない居酒屋で,彼女はいつも通り小さな世界を呪う言葉をたっぷり吐き(僕は聞き),それにも飽きた頃(僕はうんざりした頃),僕らは駅のホームで別れた。電車に乗り込む彼女を見送り,小さな手を小さく降るその姿を無性にどこまでも愛おしく思った。


骸骨が電車の中で僕に言う。
お前,面白いな,と。
そうかな,とつぶやく。骸骨はまたも大笑いしている。カタカタと全身の骨という骨を鳴らしながら,大笑いしている。


そのとき僕は表情も変えず声も出さず,ただ徐ろに骸骨の首根っこを掴んだ。骸骨は黙っていた。僕も黙っていた。骸骨は唐突に僕の耳にカタカタとなる指でAIWA製のイヤホンを突っ込み,僕の全身にロックンロールを流しこむ。最後に僕の手を振り払って顔を覗き込み,ぷぷっっと(正確にはカタカタッと)吹き出しながら,消えた。

 

 

バイバイバイバイ さようなら

会いたくなったら また来いよ

言い訳なんかは いらないよ

会いたくなったら また来いよ

 

 

もう名前も思い出せない。彼女もきっとそうだろう。
時々思い出しては,ふと骸骨を探してみるが,どこにも見当たらない。


気づけばあのロックンロールを,僕は探し続けている。
いや,あのロックンロールを流し込まれたときの,あの感じを探し続けているのかも知れない。

 

名前を失った顔のない彼女が,僕の中で小さくこう音に出す。
「あれこそ,完璧なタイミングだったじゃない」


ああ。そうか。その通りかもしれないな。


カタカタカタ。カタカタカタ。カタカタカタ。