コマヤド77**

雑な文

Aimee Mann

 

2000年3月。

思い起こすと西暦2000年と言う年は,世界が滅んでいたはずの次の年で,僕はと言えばなんとまあ29歳だった。今思うと若くて羨ましい限りなんだけれど,当時の僕はと言えば,まさか訪れるはずがないと思っていた30代を間近に控え,そうならざるを得ない自分自身を全くイメージすることができずに笑っていた。いや,正しくはひきつっていた。

上京してから10年近く,定職にもつかず遊び歩いていた頃で,だが周りの友人たちはひとりずつ消えていき(職に就いたり田舎に帰ったり),焦りや恐怖よりも孤独感を無性に感じていたのを覚えている。

 

 

世紀末と言われても全くぴんと来なかったし,何をすればいいのかも全く分からなかった。かと言ってノストラダムスを呪うこともなかったし,現実的に職に就こうとか実直に生きようとか,そういうことも全く考えなかった。世紀末と呼ばれるものをただぼんやりと迎え,日々のカネにひたすら苦心し,薄壁アパートに備え付けられた,キシキシ音のするパイプベッドの上で時間を無駄にしていただけだった。音楽は常に鳴り響き,14インチのホコリまみれのブラウン管には,何らかの映画かダービースタリオンの育成画面のどちらかしか映っていなかった。

 

 

要するにクズである。

 

 

そんな目に余る毎日に嫌気がさしたのは僕ではなく,当時付き合っていた彼女であった。無理やり面接の段取りを組まれ,気づくと変な会社に入社していた。正社員でいれてやる,という会社側の意向を蹴り,3ヶ月はバイトにしてもらった。週払いでの賃金の支払い契約も求めた。要するに必要なカネを早急に得ることと,いつでも逃げられるようにすることしか考えていなかった。何の業種で何の仕事をさせられるのかも一切興味がなかった。

 

 

振り返るとなかなか強者なクズである。

 

 

一週間働かされた最初の金曜の夜に,一人で映画を観に行った。

カネが手元に入り,一人ぼっちでできる贅沢を考えたとき,それは映画館にいくことだった。

特に興味のない映画を選択し,様々な映画の予告を眺め,館内がより暗くなり,それほど待ちわびていなかった本編が始まる。週末の夜の映画館にしてはとても閑散としていて,あまりに人がいないので映画に集中するのに時間がかかったのを覚えている。この人数に対してスクリーンはあまりに広く,音は割れ気味に大きかった。

 

 

その時観た映画こそが「マグノリア」だった。Aimee Mannとの出会いでもある。

 

 

僕はその次の日にはレコード屋に走り,彼女のレコードを買った。だが映画で使われていた曲は入っていなかった。僕はあの曲が聴きたかった。どうしても今すぐ,どうしてもどうしても聴きたかった。劇中で役者たちが歌い出すあの歌を。エンドロールの上に流れるあの歌を。よって日曜にはもう一度ガラガラの映画館に赴き,古いSONYウォークマンを握りしめ,その瞬間にボタンを押した。

 

 

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2013年7月。

12時。グリーンステージのモッシュピット内では,Aimee Mannを待つ本当に僅かなフジロッカーたちが,巨大なステージを観るともなく眺めている。僕はあの日のガラガラな映画館を思い出して何だかおかしくなる。後ろを振り返ると,まるで河原で遊んでいる家族の群れや,大学生サークルがBBQでも始めるかのような牧歌的風景が広がり,その後ろには重々しい緑色の森が見えた。世紀末は何事もなく過去になり,最早死語と化している。僕は一週間で逃げ出そうと思っていた会社に結局10年以上もお世話になり,この業界ではなんとか食っていけるくらいの何かは身に付けた。見上げると雲が速く流れている。また雨が降るのかな。降るのかもしれないな。青空が1番大きくみえた頃,エイミーがステージに現れた。僕は拍手する事すら忘れて,調弦する彼女の姿を観ている。マグノリアでは劇中,常に大雨だったから,きっとフジロックがピッタリだと思っていた。彼女がマイクに向かって何かを話す。爽やかな風がモッシュピットに吹き込む。空は相変わらずの青で,彼女は何かを諦めたかのように,歌い始める。当時と何も変わらない,あの声のままに。

 

 

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僕は気づくと泣いていた。まあ予想はしていたけれど,思っていた以上に泣いていた。彼女の声は特別で,僕はクズだった。いや今も大して変わってはいないのかも知れない。彼女の声は全てを見透かしているようでもあり,全てを包んでいるようでもある。人はこうやって都合よく解釈し,勝手に感動し,自分を奮い立たせたりする。彼女はそんな僕を置いていくかのように,軽やかに歌い続ける。シンプルなステージが彼女の存在をどこまでも引き立てている。彼女の眼鏡に森が映り,人々が映り,そしてまた次の歌を歌い始める。僕はガラガラの映画館を思い出している。僕はガラガラの映画館にいた僕を思い出している。ほうらお前はそんなふうにいつまで経っても。そしてWise Upのコードが鳴る。僕は慌てて自分の中の大切なものをひとつひとつ確認する。なんだか沢山ある。なんだよいつの間に。伸びやかな声が森に響く。森が怯んでいるのが分かる。

 

 

終盤,気づくと雨が落ちてきていた。最後の曲を前に,雨は一層強く降りだした。さっきまでの青空も太陽も嘘みたいだ。でもそういうこともある。振り返ったらみんな自慢の雨具を引っ張りだしていることだろう。だが僕は微動だにせず,彼女を見続ける。晴れていたのに,強い雨が落ちてくる。そういうこともある。

 

Deathlyで終演し,エイミーは小走りにステージを去った。僕は拍手をしながら,灰色の空を眺める。大粒の雨が顔にあたる。でも,どうやら苗場に蛙まで降ってはこない。残念だけれど。

 

 

 

ま,そういうこともある。

 

 

 

 

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Green Stage at FujiRock Festival 13-07-27 sat

-Aimee Mann  Set List-

 

4th of July

Disappeared

Gumby

Labrador

You Could Make A Killing

Lost In Space

That's Just What You Are

Ray

Save Me

Wise Up 

Slip And Roll

Goodbye Caroline

Deathly

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あなたの声に出会えた事を感謝します。ありがとう。